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グローバル化の展開は、今回の金融危機で終罵を迎えるものではない。
1929年の株価大暴落の遠因となった20年代の自動車バブルというテクノロジーショックは、その後長期にわたって、世界経済の成長の重要な原動力となった。
同じような意味で、デジタル革命という大きなテクノロジーショックは、金融危機後のグローバル経済の展開を考える上でも不可欠な要素となるはずだ。
急成長を遂げた1970年代以降の韓国経済や、1990年代前半の東南アジア経済と新興国が急成長するときには、輸入が急拡大する傾向がある。
成長するためには、国内に設備投資が必要であるし、原材料や石油なども輸入しなくてはならない。
輸出の伸びよりは輸入の伸びのほうが大きくなる。つまり貿易収支は赤字になるのだ.ただ貿易収支の赤字は海外からの投資によって賄うことができる。
乱暴な言い方をすれば、海外からの投資資金を利用しながら、輸入超過を賄って成長を続けていくのだ。
高度経済成長を続けた1960年代の日本の場合は、まだ国際的な金融取引がそれほど自由な時代ではなかったので、海外からの投資によって輸入超過を賄うことが難しかった。
だから当時の日本では、景気がよくなると輸入が大幅に伸び、外貨が不足気味になる。
そこで貿易収支のバランスをとるために、輸入を抑えなければならなかった。
当時、経済成長には「国際収支の天井」があるといわれたが、要するに、成長にともなって生じる貿易収支の赤字化が、成長を抑える要因として働いたということだ。
こうした他の国と比べると、急成長を続けながらも膨大な貿易黒字を出し続ける中国経済の状況は特異であると言ってよい。
そうした中国の特異性は、たとえば、中国の輸出に占める外資系企業のシェアを見ても明らかである。
中国の輸出の約60%は外資系企業によるものであるからだ。
先に挙げた台湾系のK精密工業はその典型だろう。
中国の輸出はまさに「外国人による、外国人のための輸出」と言ってよいだろう。
このような輸出構造はもちろん、中国が展開してきた貿易政策と深い関わりを持つ。
1990年代までの中国の通商政策は、国内市場と輸出市場をはっきりと二つにわけた「二重構造」だった。
海外から原材料を輸入し、加工して海外に輸出するという輸出加工貿易であるかぎり、中国政府はほとんど関税などの規制をかけなかった。
つまり、輸出加工であるかぎりは、自由貿易に近かったのだ。
それに対して、中国国内市場で商品を販売しようとすれば、高い関税や厳しい規制の壁に阻まれることになる。
こうした環境を利用して、外資系企業は中国を輸出基地として積極的に利用しようとした。
特に、香港系企業や台湾系企業はそうした利点を積極的に活用した。
中国国内の潤沢な労働力の存在がそうした外資系の企業の活動を支えていた。
もちろん、中国国内で輸出加工を行ったのは華僑系だけではない。
日本や欧米の企業も中国を輸出拠点として強化していったのだ。
5年ほど前に米国のアトランタで現地の日系家電メーカーの人たちと懇談した際、何人かの方が、米国内の工場を縮小してその機能をコストの低い中国にシフトさせると発言したことが印象に残っている。
多国籍企業のグローバル生産の再編の中でも、中国への生産シフトが起きていたのだ。
こうした中国の輸出偏重の姿勢に転機が訪れたのが、2001年、中国がWTO(世界貿易機関)に加盟したときであった。
これ以降、中国は国内市場の開放に向かうことになる。
世界の多くの国にとって、中国はコスト競争力のある輸出基地という存在から、有望な市場という意味を持つようになった。
ただ、今回の金融危機に至るまで、中国の成長パターンが輸出偏重を脱することはなかったのである。
中国の貿易収支黒字は膨らみつづけている。
貿易黒字と、海外からの投資のダブルで、外貨が中国に入ってくる構造になっていたのだ。
この外貨の大量流入に中国経済がどのように対応してきたのか、今後どう対応していくのかという点は、今回の世界的金融危機と深い関わりを持っている。
C銀行(中央銀行)が保有する外貨準備高はおおよそ二兆ドル百本円で180兆円程度)と言われる。
中国は今や世界最大の外貨準備保有国であり、日本の約二倍の外貨準備を保有している。
からも分かるように、中国の外貨準備高はこの10年、急速日本も同様だが、外貨準備の多くは米国債などで保有されている。
C銀行がこれだけ巨額の外貨準備を持っているということは、それだけ巨額の資金が、米国債市場に流れ込んでいたことになる。
「中国が米国の過剰支出をファイナンスしていた」と言われるのは、まさにこの点を指しているのだ。
米国が膨大な貿易赤字を出しながらも過剰支出を続けてこられたのは、その赤字に見合った額だけ、中国などから資金流入があったからで中国が米国の過剰支出を支えるファイナンスを行ってきたという意味では、中国にも今回の米国のバブルの責任の一端はある、とも言える。
ではなぜ中国はこれだけの外貨準備をため込んだのだろうか。
その理由の一つは、1997年に起きたアジア通貨危機であった。
当時、韓国やタイなどの国では海外から入ってきた資金が猛烈なスピードで流出を始め、あっという間に中央銀行の外貨準備が底を突いてしまったのだ。
こうした経験もあってアジアの国々はその後、外貨準備を積み増す努力を続けてきた。
中国もその点では例外ではないだろう。
ただもう一つ理由がある。
中国のこの異常とも言える外貨準備の額は、中国が人民元の切り上げをできるだけ避けてきたという事情と深く関わっていることは明らかだ。
そもそも人民銀行の外貨準備が増えるのは、人民銀行が市中の金融機関から外貨を購入するからである。
外国為替介入と呼ぶ。
人民銀行が保有している二兆ドル近くの外貨準備は、これまで人民銀行が市中から買い上げてきた外貨の総額と考えればよい。
輸出と海外投資で中国には膨大な外貨が入ってくる。
もし人民銀行が何もしなければ、この外貨は中国国内で人民元に交換されるだろう。
そうなると、人民元の為替レートは上昇していくことになる。
たとえば、米国に輸出した中国企業が輸出代金をドルで受け取ったとしよう。
人民元に替えなければ従業員に給料を払うこともできない。
あるいは、日本の企業が中国に工場を建てるために巨額の投資をしたとしよう。
外貨で投資をしたとしても、現地に工場を建てるためには、やはりその外貨を人民元に替える必要があるのだ。
このように、貿易や投資で入ってきた外貨の量が、貿易や投資で出ていく外貨の量よりも多ければ、当然人民元は上昇してしまう。
中国政府はそのような形で人民元が急激に上がっていくことを好まなかった。
そこで、人民銀行が積極的に外貨を買い上げるという介入を行って、人民元の切り上げを抑えようとしてきたのである。
このような行為は、米国などからはしばしば「中国は意図的に人民元を低く抑えて輸出振興を行っている」と批判された。
とはいえ、その米国も、中国が行う為替介入のおかげで米国債を購入してもらっているという相互扶助の形になっていたのだ。
もし中国があれほど米国債を購入しなければ、米国への資金流入が抑えられ、バブルに沸いた米国市場で金利が上がり、過熱も少しは抑えられたという見方もある。
なぜ中国政府はこれだけ大規模な為替介入を続けても、人民元の切り上げを避けようとするのだろうか。
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